山村流 上方舞 地歌舞について

歴史

創流200年の歴史をもつ「山村流地歌舞」は、大坂で生まれた芸術です。
江戸時代の天下の台所、経済の中心であった大坂の豪商たちの新しい独自の芸術として地歌舞は創出され、完成されていきました。
かつて、貴族文化としての舞楽に対する武家の文化としての能楽が創られていったように、商人文化を象徴するものとして地歌舞が創られていきました。
そこでは、白拍子の舞や神楽・田楽・散楽・文楽・歌舞伎等の伝統の舞や楽が、昇華・吸収されていきました。
そこに、舞楽や能楽や地歌舞の中に脈うつ系流性と、新しさを知る事が出来ます。

「上方舞」とは京阪神で生まれた舞の総称で、各流派が独自の発展を遂げました。
関東で生まれた「踊り」とは性格が異なります。
特に「地歌舞」は、大阪の豪商のサロン芸術として発達し、伴奏に地歌を使うところから名づけられ、座敷空間でもてなすことから「座敷舞」とも呼ばれています。

山村流は、中でも最も古い流儀であり、三世中村歌右衛門に歌舞伎の振付師としての才能を認められた山村友五郎を流祖として、江戸時代(文化3年)大阪で創流されました。
このため、歌舞伎や文楽にも多くの振りが残っておりますが、一方で大阪という土地柄、当時の交流の場であった座敷には舞が欠かせぬものであり、埃をたてぬ様、一畳の空間でも舞えると言われる「地歌舞(座敷舞)」を創出しました。

山村流では「品」を大事に、「行儀のよい舞」をと教えられます。
昔、船場のお嬢さんは行儀見習いとして山村流の舞を習ったものでした。
谷崎潤一郎の小説『細雪』で、四女妙子が舞うのが山村流の『ゆき』です。
地歌舞には、能」より作られた「本行物」は中でも「許し物(奥許し)」として重い格付けで扱われるほか、動物などをおもしろおかしく唄い込んだ「滑稽物(おどけもの・作物)」、切ない恋心を詠んだ「艷物(つやもの)」やそれぞれの土地の風土や季節ごとの風情・風俗を写したものが伝えられています。

地歌舞は、神楽・舞楽・白拍子・能楽など、日本文化の歴史的舞芸術の系統の中で結晶され、極度に抽象化、簡素化された振りや型で、季節の風情や情趣、物語の心情を表現するエスプリ(精髄)の芸術と言えます。

山村若女

山村流上方舞との出会いと活動

略歴

4歳にて山村流に入門し、6歳にて初舞台(長唄・羽根の禿)を踏む。
四世宗家山村若師に入門し、18歳にて「山村若女」の名を許され、四世直門師匠名取となる。(追贈五世宗家山村糸師の薫陶を受ける)

◆昭和54年
山村流舞扇会(宗家の会)に出演。
◆平成10年
㈳日本舞踊協会員となり、以後当協会奈良ブロック公演・関西舞踊協会公演。
◆平成12年
国立文楽劇場主催「明日を担う新進の舞踊・邦楽鑑賞会」に出演。
◆平成17年
初リサイタル山村若女舞の会「放ち鳥」を開催。
◆平成24年
国立文楽劇場主催「新進と花形による舞踊邦楽鑑賞会」その他多数の舞台等にて活躍する。
◆平成26年
奈良県新公会堂能楽ホールにて『なら玉響の会』第10回記念公演を開催し大好評を得る。
座敷舞「舞華会」(若女・若瑞の母娘の会・年3回)を立ち上げ、各地にて座敷舞の会開催。

師匠業・人材育成

◆昭和58年
奈良にて稽古場を開設、弟子を取り師匠として立つ。
門人の会を若水会(おちみずかい)と名付け、毎年門人の会「若水会」(3年毎に国立文楽劇場にて開催)を主宰する。
◆平成16年
さらなる地歌舞の普及と若手育成を目的に「玉響の会(たまゆらのかい)」を立ち上げ、古都奈良にて地歌舞定期公演会を開催。
◆平成21年
東京都南青山において稽古場を開く。
◆平成22年
東京門人の会「秋津島の会」を主宰し、弟子の育成、新ばし金田中にて舞の会を開催し東京での地歌舞の普及に務める。
◆平成23年
大阪府難波において稽古場を開く。
◆平成28年
奈良県吉野において稽古場を開く。

プロフィール

座敷舞ライブ活動

地歌舞の原点・・・座敷・町屋でのライブ
山村流上方舞は、能や歌舞伎の円熟した芸術を背景としながら、地歌をベースとして生まれました。「地歌」とは、箏・三味線芸術の中で、三味線組歌から発達していったもので、一部は歌舞伎の背景音楽として使われたりしながらも、元来は、非劇場空間としての、「お座敷」の音楽、家庭の音楽というのが基本でした。
上方舞は、別称「地歌舞」、「座敷舞」とも言われています。「座敷」という限られた空間での舞であるところから、振りの極度の簡略化、見立て芸術としての洗練を可能にしました。すなわち、座敷舞の型を作り出せたのだと思います。
座敷舞本来の「畳のすれる音が聞こえる距離」で鑑賞することができる座敷、町屋でのライブ活動は、地歌舞の真髄を味わって頂ける格好の機会であると思われます。

主な定期座敷舞ライブ

◆ならまち格子の家上方舞鑑賞会
平成6年より
於:ならまち格子の家・主催:一般財団法人 奈良市総合財団
毎年春(4月)と秋(11月)の年2回公演を開催。
奈良市民の皆様に気軽に上方舞を楽しんでいただける場を提供し奈良での普及に務める。

◆座敷舞の会-上方の華と粋-
平成16年より
於:大阪くらしの今昔館・主催:大阪市立住まいのミュージアム
1月・5月・9月の年3回定期公演を同門の山村若禄之と共に開催し地歌舞の普及に務める。

◆座敷舞「舞華会」
より多くの方々に地歌舞の魅力を発信するため、娘の若瑞との座敷舞の会を立ち上げ活動し始める。
奈良・京都・東京などの縁ある神社仏閣や料亭などの座敷を中心に年3回の会を開催、活動の場を広げる。


奉納舞

奉納舞活動

奉納舞・・・舞を劇場で演じ、人々に鑑賞して頂くのではなく、神社の拝殿で神に舞を奉納するとうこと・・・。
眼には見ることのできない神仏に向かって、言わば虚空に向けて舞を舞うという営みは、劇場で舞うのとは全く異質な舞台です。
それは、舞の原点に立ち返り、そして、舞の歴史系流に対して報恩感謝の心を奉納し、立方としての今の自分を見つめ、振り返り、そして噛みしめる私なりの修行の形と思っています。

奉納舞活動歴

◆昭和61年
兵庫県 有馬稲荷神社再興の為請われて「あわしままつり」にて舞を奉納し、以後5回に亘る。
◆昭和62年
奈良県 大和神社にて舞を奉納。以後、毎年4月7日の講社祭にて奉納を続け、現在に至る。
◆昭和63年
奈良県 吉野金峯神社にて舞を奉納。
◆平成5年
京都府 貴船神社にて舞を奉納。以後、毎年7月7日「お水まつり」にて奉納を続ける。
◆平成14年
京都府 長岡天満宮にて、菅原道真公御神忌千百年大萬燈祭にて舞を奉納。
◆平成15年
奈良県 手向山八幡宮例祭宵宮祭(10月4日)にて舞を奉納し、以後毎年奉納を続ける。
◆平成19年
京都都 寂光院書院にて、舞を奉納。(10月21日)
◆平成23年
東京都 根津神社にて、舞を奉納し(5月12日)、以後3年間に亘り奉納する。
◆平成25年
奈良県 般若寺にて、南朝御聖蹟般若寺顕彰碑記念の地歌舞を奉納。(10月19日)
◆平成26年
奈良県 多坐弥志理都比古神社(多神社)例祭にて地歌舞を奉納し、以後毎年奉納する。
東京都 金王八幡宮にて地歌舞を奉納し(6月8日)、以後毎年奉納を続ける。
奈良県 吉野にて、第1回吉野(下市町)丹生川上水まつりにて、地歌舞を奉納。(7月20日)
奈良県 吉野金峯神社にて地歌舞を奉納する。(7月26日)
◆平成27年
奈良県 中宮寺にて舞を奉納。(5月6日)
奈良県 氷室神社・ひむろしらゆきサロンにて、地歌舞を奉納。(4月1日)
奈良県 八坂祇園社宵宮祭にて地歌舞を奉納。(7月13日)
◆平成28年
奈良県 吉野にて第3回吉野(川上村)・丹生川上水まつりにて、地歌舞を奉納する。
奈良県 大神神社・酒祭りにて、地歌舞を奉納する。(11月14日)


山村若女海外公演

海外活動

地歌舞の芸術性と普遍性を問う…
仏国政府日本文化年行事の一環として1997年仏国エビアン市主催「日本文化フェスティバル」での地歌舞が好評を博し、以後2回招待を受ける。2016年日伊国交150周年記念行事に在イタリア日本大使館より招待を受け、イゾラデルチネマ(ローマ映画祭)にて舞を披露地歌舞し、好評を博す。地歌舞の国際性、芸術性の高さを実感する。

海外活動歴

◆平成9年
フランス政府日本文化年行事の一つとして、エヴィアン市主催「日本文化フェスティバル」に参加、地歌『鐘ヶ岬』を舞い、大盛況のうちに終わる。
◆平成10年
同フェスティバルにて地歌『珠取海女』を舞う。
◆平成11年
同フェスティバルにて地歌『鉄輪』と長唄『藤娘』を舞う。
◆平成28年
日伊国交150周年記念行事・ローマ映画祭イゾラデルチネにて、在イタリア日本大使館より招待を受け、娘の若瑞と共に地歌舞『石橋』を舞う。
同じく日伊国交150周年記念事業のGENAZZANOインフィオラータ・コロンナ城にて地歌舞の公演を開催する。


舞の自己研鑽

金春流謡曲・仕舞を、金春 晃実 師に師事。
※金春流仕舞 師範の免状を許される。
神前神楽「浦安の舞」を、神社音楽協会会長・多 静子 師に手ほどきを受ける。
地歌三絃を、菊原 光治 師に師事。
小鼓を、藤舎 呂浩 師に師事。