小簾の戸考 -その3-

こすのと・・・。

初めて習ったのは、いつのことだったのでしょう?

まだ、学生服を着てた時分だったと思います。

印象的だったのは・・・、

『癪に嬉しき 男の力』

というくだり・・・。

もちろんその真意など分かる年齢ではありませんでした。

右手の扇を要返しして、痛みの走る右脇に押しあて

癪に苦しむ女性の姿を表現し

そのあと、後ろから男性に押さえられながらゆっくりと座っていく・・・。

「もっとゆっくり!

 前に身体を倒して、

 息をつめて座りなさい!」

と、いつもこの歌詞を聞くと・・・

面白い振りが付いているけど、しんどいなあと思いながら教えられたことを思い出します。

男女の仲のことなどまだ分からない私でさえ、この振りに妙に色気を感じたものでした。

こすのとには、

たくさんの美しく印象深い振りが付いています。

『ちょっと聞きたい 松の風』

扇の骨の間から、向こうを覗いて三つ下がって

扇を静かに震わせながら流して“風”に見立てると、

今度は、要返しをして地紙を取り“笠”に見立てます。

『月やはものの』

笠に見立てた扇の陰で、頬かむりをする振りが付いています。

難しく、美しい振りです。

口にくわえたお手ぬぐいを払う手に気を遣います。

他にも、

そっと足を上げて偲ぶ姿・・・。

お互いにそっと見つめあう振り。

2人で吊る蚊帳の四隅を指して廻る振り・・・。

など。

なかでも、私が『こすのと』というと頭に浮かぶ振りは・・・。

最初の

浮(憂)き草は・・・とはじまり、

左手を袖に入れ、

たたんだままの扇子を顔の前に押し当てると

ふっと顔をうつむけ ひと間おいてゆっくりと立ち

お腰を入れたまま思案しながら三つ前に足を運ぶ所作です。

三つ前にクリながら歩を進める・・・。

クリながら歩くというのは地歌特有の歩き方です。

わたしは、このときの印象でこすのとは決まるような気がいたします。

その襟足の美しさから首のぶと称された作者の姿や想いを、自分なりに凝縮させて三つ歩を進める。

考えすぎると、手も足も出なくなりますが、

考えようによれば、なんと楽しく豊かな世界でしょう。

少しずつ年を経ていくに従い、この三つ歩くときの想いが変わっていきます。

また気持ちだけではなく、腰の入れ具合・肩の使い方・力の入れ具合など、

色々と思案することがあります。

単純な振りほど、その人の心を表す鏡のようなもので、

この三つ前に歩を進める・・・

この所作ほど、千差万別で舞手によって印象が変わるものは無いと思います。

先代の五世より、始めが大事や!と、

どの作品もよく最初の出を何度も何度も繰り返し練習させられたものです。

このこすの戸も、そういう意味では立ってから最初に歩き出すところが要なのかも知れません。

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